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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)66号 判決 1969年7月23日

原告 株式会社協和銀行

右代表者代表取締役 篠原周一

右訴訟代理人弁護士 藤林益三

同 島谷六郎

同 山本晃夫

同 高井章吾

被告 東京都

右代表者東京都知事 美濃部亮吉

右被告指定代理人 竹村英雄

<ほか一名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対し、金一八七万九、〇八九円の債務を負担していることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、被告は訴外田川工業株式会社(以下田川工業という)との間に、昭和四二年一〇月四日、都営住宅四二R二〇一六及び二〇一七屋内給水衛生設備の工事請負契約を締結し、請負代金債務一、一七八万円を負担した。

二、昭和四三年八月二二日原告と田川工業間には、東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第五、二二七号手形買戻金請求事件につき判決があり、右判決は同年九月九日頃に確定した。右判決は、田川工業は原告に対し、金一八七万九、〇八九円及び右金員のうち、金一二五万円に対しては、昭和四二年五月二六日から金六二万九〇八九円に対しては、昭和四二年六月一日からそれぞれ支払ずみにいたるまで日歩五銭の割合による金員を支払う旨命じている。

三、そこで、原告は、田川工業が被告に対して有する第一項記載の請負代金のうち残額金一八七万九、〇八九円の代金債務につき、昭和四三年一〇月一日東京地方裁判所昭和四三年(ル)第五、〇七一号及び第五、〇七二号債権差押転付命令をもって差押え、転付をうけた。

四、よって原告は、被告が原告に対して金一八七万九、〇八九円の債務を負担していることの確認を求める。

第三、原告の請求原因に対する被告の答弁

すべて認める。

第四、被告の抗弁

一、(一) 田川工業が被告に対して有する請負代金債務については、譲渡禁止の特約がある。

(二) しかも原告は、右転付命令を取得した時には、右被告田川工業間の工事請負契約書を見ていたことは明らかであるから、悪意であった。

二、(一) 仮に、右抗弁事実が認められないとしても被告は、被告が負担する右請負代金債務についての債権者が田川工業か原告か確知しえない状態にあり、しかも右状態になったことについて被告に過失がない。

(二) そこで、被告は右事由を供託原因として昭和四三年一一月二八日に前記請負代金残債務金一八七万九、〇八九円を東京法務局に供託した。

第五、被告の抗弁に対する原告の答弁

一、抗弁事実第一項のうち、(一)は認める。(二)は否認する。仮りに、原告が訴外田川工業と東京都の請負契約にもとづく代金支払債務について譲渡禁止の特約があったことを知っていたとしても、転付命令は、債権譲渡のように私人間の契約でなしうるものではないからその性質を異にし、原告が恣意であっても右債権を取得した。

二、抗弁事実第二項のうち、(一)は否認する。(二)は認める。

(一)  なお、転付命令は債権譲渡とは異り、転付命令取得者が、かりに悪意であったとしても、転付命令は有効であるから、「債権者を確知しえない時」という供託原因を欠くことになる。

(二)  仮に、被告主張のとおり無効な転付命令であったとしても、原告は債権の準占有者なのであるから、被告が原告に支払っても保護されるのであり、いづれにしても供託原因がない。

(三)  右供託が有効であると認められたとしても、被告については、被告の供託によって、右請負代金支払債務についての責任が消滅するのであり、債務が消滅すると解すべきではない。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因事実については、いづれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

被告が訴外田川工業に負担する請負代金債務について、譲渡禁止の特約があったことは、当事者間に争いがない。

被告は、原告が右譲渡禁止の特約があることを知っていたから本件転付命令は無効である。と抗弁する。しかし、当裁判所は転付命令は債権譲渡とはその性質を異にするので、これについては、民法第四六六条第二項の適用はないものと考える。もっともこの点に関しては、反対の見解を示す大審院判例もあるが(大審院大正一四年四月三〇日判決、同昭和六年一〇月一三日判決、同昭和九年三月二九日判決等)、右判例はいずれも説得力に乏しく、その妥当性には、大きな疑問がある。けだしすでに、学者も指摘するように転付命令という取引行為でないものについて、善意、悪意を区別することは、妥当ではない。また、差押が禁止される債権は、民事訴訟法第六一八条によって、また、債権以外で差押が禁止される物については、民事訴訟法第五七〇条によって、それぞれ制限的に法定されておることに徴しても、本来差押可能の債権が当事者間の譲渡禁止という特約によって、ほしいままに差押不能とする余地を認めることは、執行法上の見地から、妥当でない、と考えられるからである。したがって、当裁判所は執行債権者が転付命令取得当時譲渡禁止の特約を知っていても、転付命令の効力には影響がないものと解する。よってこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

三、そこで、供託によって被転付債権が消滅したという抗弁について判断する。

被告が右請負代金一八七万九、〇八九円につき、「債権者を確知しえない」ということを理由として、これを供託したことは、当事者間に争いがない。そこで、右供託が民法四九四条に規定する「弁済者ノ過失ナクシテ債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」に該当するかどうかの点について判断する。上記のとおり、原告が譲渡禁止特約があることを知っていたか否かにかかわらず、本件転付命令は有効であるから、被告は原告に対し、被転付債権についてこれを支払うべき義務があり、当裁判所のとる理論上の立場からすれば、本件の場合は、本来は、被告として「債権者を確知しえない」場合とはいえないことになる。しかし、従前の判例によれば、(前掲大審院大正一四年四月三〇日判決、民集四巻五号二〇九頁)(一)譲渡禁止の特約がある場合、転付命令取得者が善意の時にのみ転付命令は有効であるとし、(二)さらにその場合、第三債務者においては、債権者の善意、悪意の立証を探知することは容易ならざるために、債権者の反証のない限り、民法第四九四条の「債権者を確知しえない時」という要件を充たしている、としており、加えて、法務省民事局も(昭和三〇年七月一九日民事甲第一五一三号民事局長回答)、譲渡禁止の特約のある定期預金を目的として転付命令が送達された場合には、第三債務者である銀行は債権者を確知できないことを(理由に―編)弁済供託をすることができる旨回答している。これらの判例、先例が公けにされている以上、これに準拠してなした被告の供託に過失があるということは酷であり、ひっきょう、本件供託は、「弁済者ノ過失ナクシテ債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」に該当するものと解するのを相当とする。すなわち、被告のなした弁済供託は有効である。有効な弁済供託によって債務が消滅することは、定説として承認すべきところである。(ただし、供託者が供託物を後に取戻したときは、債権消滅の効果は遡及的に消滅するものと解する)。これらの点についての、原告の所見は当裁判所は賛同できない。したがって、被告の供託の抗弁は理由があり、原告の被告に対する本訴請求は失当であるというのほかはない。原告は、本件において、もし原告の請求が棄却されると、折角骨を折って取得した転付命令が有名無実に帰することを危惧するの余り、種々法律論を展開されるようであるが、決して有名無実に帰するわけではない。供託通知書には、還付請求権者として、訴外田川工業株式会社と原告とが二者択一の関係において記載されているのであるから、原告としては、原告が還付請求を受けることについて異議がない旨の同意書を同会社から徴するか(昭和三八年七月六日民甲第一九一三号法務省民事局長回答参照)、もし、それが困難だとすれば、同会社を相手方として訴を提起し、供託金の還付請求権が同会社にはなく、原告に帰属している旨の確認判決を得て、供託金の還付を実現し、これによって、被転付債権の満足をうけるという途があるわけである。

四、以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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